冬の寒さが体に染みる1月下旬、差出人不明の招待状が届いた。
招待状に記されていたのはとても簡潔な2文のみ。
敷金ゼロ・礼金16万円の賃料共益費込み月額9万円
大阪メトロ四つ橋線『本町駅』徒歩4分にある1LDKにて待つ。
もちろんこの手紙を無視することだってできたが、私の奥底に眠る好奇心と探究心が黙っていられなかった。
かくして限られたこの情報をもとに、私は現地へと向かったーー
扉

この扉の先に一体何が待ち構えているのか。頭によぎる数多の想像が、私の身体をこわばらせる。
扉の質量などわからないのに、脳内で脚色された情報のせいで重厚感が増して見える。本当に、開けてしまっても良いのだろうか。
いや。この中身を確認すると決めたのは私じゃないか。震える右手を左手で庇いながら、なんとかドアノブを捻ったーー
立ちはだかる“黒“

私はいたずらに脅かされる何かのゲームに参加してしまったのだろうか。
真っ先に視界に飛び込んできた“黒“に、思わず頭が真っ白になる。
しばらくして少し平静を取り戻して辺りを見回すが、どうやら他の客人はいないようだ。
恐るおそる、適切な距離を保ちながらなんとか“黒“の裏側に回り込むことに成功したーー
“黒“の裏側
「驚かせやがって…」
強がって口調が荒くなるものの、発された声は自分でもわかるほど震えていた。
十分なスペースが確保されたシンク、3口コンロ。魚焼きグリルに、キッチン下収納も文句のない容量が確認できる。
続いて、キッチンからの視界を確認するーー
第一の部屋

エアコンが設置された、シンプルな空間。
左の窓からベランダに出られそうだ。緊急の脱出ルートとして、頭に入れておこう。

キッチンとの仕切りは目隠しとしても使えそうだ。しゃがみ込んで壁に背をつけておけば、しばらくは気配を悟られることもないだろう。襲撃にあった際も、タイミングを見計らって身を乗り出すことで反撃も可能。
よし。イメージトレーニングが終わったところで、キッチンの奥に見える次の扉へと足を進めるとしようーー
第二の部屋

まずは向かって右手の扉から。
先ほどの部屋と、ベランダは繋がっているらしい。瞬時に脳内の脱出経路を更新する。
先ほどと同様シンプルな部屋だが、こちらには隠れ場所に最適なクローゼットがある分油断はできない。
まずは耳を当て中から物音がしないことを確認してから、呼吸を整える。
思い切って、中身とご対面といこうじゃないかーー

「フッ…」
一気に緊張が解けたからか、ため息のような乾いた笑いが区間に響く。
かなり奥行きがあるクローゼットだ。どこかの軍隊やSP一行が身を潜めていてもおかしくなかった。ここで彼らとお目見えしなかったところを見るに、おそらく私は運が良い。
もう一点この部屋の油断ならない点は、クローゼットが分割されていることだ。繋がっているように見えるが、真ん中で分かれている。一気に両方を確認した私の判断は正しかったと言えるだろう。
残る扉はあと二つ。左手の扉に手をかけるーー
浴室

かなり綺麗な浴室。脱衣所には、独立洗面台と室内洗濯機置き場があったが、怪しい点は見当たらなかった。
浴槽の中も確認したのち、入り口に戻り最後の扉へと向かうーー
最後の扉

扉を開いた勢いと反比例するかのように、緊張感が引いていくのがわかる。さすがに大のおとなが身を潜めるならここではないだろう。
拍子抜けしたのか、全身の力みが抜けていき思わずその場にしゃがみ込んだ。
ーーどうやらこの部屋は、安全だ。
36㎡の1LDK。
大阪メトロ四つ橋線『本町駅』から徒歩4分、敷金ゼロ・礼金16万円の賃料共益費込み月額9万円。
この部屋の安全は私が保証しよう。
以上、渋井不動産でした。
Photo by : MIU

