Bar 淙-sou- 1周年
弊社でご仲介させていただいた『Bar 淙-sou-』が7月17日で1周年を迎えられました。おめでとうございます。
今回は物件探しを担当した渋井不動産の植田店長が、オーナーの岐部さんにインタビュー。辻調からイタリアンへ就職し、なんやかんやでBarを開いた経緯や、ベロベロに酔っ払って買った2店舗目、物件探しに疲れ切った3店舗目まで、愛くるしいオーナーさんと植田店長の軽妙な掛け合いでお届けします。ではどうぞ。
独立から増店までのお話

ー植田店長
改めて、『Bar 淙-sou-』1周年おめでとうございます。開業と言っても、お店は3店舗目でしたっけ?
ー岐部さん
ありがとうございます。最初、心斎橋で始めて、そこは人に渡して名前も変えてやってるんで、いま自分で運営してるのは本町とココの2店舗ですね。本町はもうすぐ6年目です。
ー植田店長
6年!心斎橋のお店で独立したのって何年ぐらい前ですか?
ー岐部さん
9年前くらいですかね。で、2年後に本町の店舗をオープンして、2店舗でやってたんですけど、この店(3店舗目)がオープンするタイミングで心斎橋の店は譲って、今は別の方がコンカフェをやってます(笑)

ー植田店長
180°違いますね(笑)
そもそも、9年前に独立されたキッカケは何だったんですか?
ー岐部さん
もともと辻調理師専門学校に通ってて、卒業後はハイアットリージェンシー南港のイタリアンに就職したんです。で、また別のイタリアンでも働いたんですけど、とにかくハードで。1日18時間働いてました。今も飲食の友達は多いんですけど、もうリスペクトしかないですね。めちゃくちゃ大変、本当に。
もともとBarも好きで、あと早く独立したいって思いもあったんで、イタリアンを辞めてからは2〜3年ほどBarで働きました。下積みみたいな感じですね。

本筋とは関係ない岐部さん情報:辻調時代、たまたまやってたボクシングのプロテストを受けたら合格したため、プロボクサーでもある。

ー植田店長
最初のお店は確か東心斎橋ですよね?
ー岐部さん
そうです。お金も何も全く無かったんで、居抜きの物件でした。Barで働いてる休憩中に不動産屋から電話かかってきて、そのまま内覧して決めて、お店戻って「辞めます」って言って(笑)
ー植田店長
えぇー!凄っ!そんなガッと言ったんですね。しかも、2年後には本町に『Bar Lit Honmachi』もオープンしたじゃないですか。
ー岐部さん
それについては、格好良い話していいですか?(笑)

ー岐部さん
当時はコロナ禍だったんですけど、まあまあ大きな店で働いてたバーテンダーの後輩が、「クビになった」って僕の店に相談に来たんです。でもその時、うちも社員入れたばっかで雇うのは難しくて。そしたら、本町のお店をコロナで手放すって聞いたんで、「俺そこ買うから、お前店長なれ」って買ったんですよ。酔っ払って気持ち良くなって、深夜3時に「買ったるから今から電話しろやー」ってベロベロで(笑)
ー植田店長
うわー!そのセリフ、めっちゃ気持ち良さそう(笑)
ー岐部さん
ちなみにその後輩には、「やっぱ岐部さんとはできません」って買った後に言われて、結局やってくれませんでした。気持ち良いけど、最悪のオチですね(笑)
ー植田店長
ヤバっ。結婚指輪買って破談されたみたいですね(笑)
ー岐部さん
その例えはちょっと分かんないです(笑)
物件探しと内装のお話

ー植田店長
このお店を出すにあたり、少し大きめのハコを探されてたイメージだったんですが、何か譲れないポイントみたいなのってありましたか?
ー岐部さん
「ある程度の規模感の路面店」っていうのはあったんですけど、最悪2階でもいいんで、「視認性がある」っていう点は考えてました。
ー植田店長
Barで路面に行きたいってなかなか珍しいというか、どちらかというと隠れ家というか、まあ空中階の方が賃料的にもじゃないですか。Barっていう夜営業で、単価や売り上げもちょっと取りにくい、朝もやってない。けど、路面にこだわってた理由は何かありましたか?

ー岐部さん
やっぱ最初が雑居ビルの2階で、もう僕が居ないと絶対ダメっていう感じになりがちだったんです。もともとBarって属人性がめちゃくちゃ高い商売で、かつ空中階になると余計にというか。本町のLitは中2階でも路面みたいで、かつ看板も出せるんで、一見さんや海外の方が来たり、”出会いの母数”が全く違います。僕もほとんど店に立つことなく、それなりにやらせてもらえてるのは、やっぱりそういう視認性とかかなと。一見さんにも来て欲しいんで。
ー植田店長
なるほど。それでもやっぱり、20坪ぐらいのサイズって結構大きいなと感じるんですけど、広めを探してた明確な目的があったんですよね?
ー岐部さん
遊び心があるギミックを取り入れたいっていうのがあったので、そのためには絶対広さが必要だったんです。これはSNSでも公開してない秘密なんで、お店に来てくれた方だけのお楽しみですね。

ー植田店長
僕らも一緒に色んなところに内覧行かせてもらったんですけど、この物件にした決め手みたいなものはありますか。
ー岐部さん
ひとことで言うと、「もう物件探しに疲れてたから」です!
ー植田店長
そうじゃないけど、確かにそう(笑)
ここは岐部さんが見つけてくれたというか、僕らも前から知ってた物件ではあったけど、まさかここ?!っていう印象でした。

ー岐部さん
僕もまさかここでやるとは(笑)
植田さんには交渉面で頑張ってもらいました。
エントランスからのストーリー性というか、お店に入るまでの何かが欲しかったんで、よくよく見たら”路地の先にある隠れ家”みたいなこの物件って良いかも?って思ったんです。経営者の先輩から「良いところ探したって、やっぱりそんなの難しいから、自分で価値を付けていくっていうのが大事だよ」って話が、まぁ本当その通りで。
誰かが独立の一発目にここでBarをするって、多分難しいと思うんですけど、少なからずお客さんがついてくれてる僕らだったら、意外と合ってる物件かもと。世間的にはちょっと難しいとされるような場所でも、そういう物件こそ、チャンスとか手札があると思うんですよ。

ー植田店長
内装についてお伺いしたいんですが、ファサードの感じとか、店内の障子とか、和のテイストが入ってますよね。
ー岐部さん
和モダンにしてるんですけど、和に寄り過ぎたら和食居酒屋みたいになっちゃうので、ちょうどいい塩梅でバランスを意識しました。海外のお客様も来てほしいって思いもありますし。だいたいカクテルってアメリカとかイギリスの文化や発祥なんですけど、そういうのを和のスパイスとかハーブでちょっと捻ったり。僕らの業界で「ツイスト」って言うものですね。
ただのジントニックでも、日本には四季があるんで、今だったら山椒とスダチと木の芽のジントニックとか、全部ちょっとずつ和でアレンジするっていうのをやってます。メキシコのパロマってカクテルにワサビを合わせたりとか。海外の方はまだ少ないんですが、来ていただいた方には良いリアクションを貰えてます。
オープンから1年、今と未来のお話

ー植田店長
オープンから1年間経って、現状はどんな感じですか?
ー岐部さん
新規のお客様に見つけてもらえてない、広告不足だなと感じます。でも逆に言えば、想像以上に既存のお客様に来ていただいて、感謝、感謝って感じです。最初の心斎橋から今の肥後橋って考えたら、遠のく方が多いと思うんですけど、わざわざこっちまで来て下さる方々に助けられてます。本当に有り難いです。
ー植田店長
そしたら、移転というか増店して良かったですか?新しい場所でスタートしたという点も含めて。
ー岐部さん
もちろん、もちろん。今は常連さんに加えて、一見さんにも来ていただけて、今までには無かった繋がりが出来てます。僕のこと何にも知らない人が来ると、良い意味の緊張感もあるじゃないですか。だからそういう点では、成長し続けられる。海外の方がフラッと来て、無理難題なリクエストされるのも結構楽しめてます。

ー植田店長
では最後に、今後の展望はありますか?
ー岐部さん
ウチはそれなりにノンアルコールもありますけど、基本Barってお酒が飲める人しか楽しめないと思うので、結婚したり子どもが生まれると遠のきがちなんです。もともと飲食が好きでやってるのもあるし、家族で行けるご飯屋さんとかもやってみたいです。ハッピー作ってるじゃないですか。僕らはもう男女関係のお手伝いが半分、ではないですけど(笑)
やっぱりご飯ってみんな食べますし、お酒飲まない人とか居酒屋にしか行かない人も多いんで。もちろんスタンダードな飲食店が難しいのも重々承知なんですけど、1回はやってみたい。できれば肥後橋とか本町とかで探したいんで、その時は渋井不動産にお願いします(笑)
ー植田店長
めちゃくちゃ笑い散らかしてません?(笑)
もちろん次回も頑張らせてもらいます。今日は本当にありがとうございました。
改めて、『Bar 淙-sou-』1周年おめでとうございます。そしてインタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました。
オーセンティックなBarとなると、なかなかフラッと入るには敷居が高いかもしれませんが、ぜひ『Bar 淙-sou-』の門をくぐってみてください。オフィス街にひっそりと伸びる細い路地を抜ければ、そこには別世界がひろがっています。優美なお酒と心躍る空間で、素敵な夜を。
以上、渋井不動産でした。
Bar 淙-sou-
【住所】大阪市西区江戸堀1-15-13
【営業時間】18:00-26:00
【定休日】日曜日