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ハーミッツセル天神橋
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俺は今日、彼女と部屋探しに来た。求める条件はただひとつ、カッコいい部屋だ。

連れてこられたのはとあるデザイナーズマンション

俺は昔、喧嘩に明け暮れていた。鉄パイプひとつで相手をなぎ倒し、もう数え切れないほど喧嘩をした。そんな俺にふさわしい鉄パイプの籠城といえる。

いや、ちょっと多すぎる。いくら俺でもこの鉄パイプの量は捌ききれない。

正直、まだ工事中なのかと思ったが、この姿のまま10年が経っているようだ。このマンションは完成している。

玄関扉はハイテクな電子ロックだった。

これで今日から鍵を無くすこともない。解除番号を覚えれば、俺の脳がPASSキーになる。

「これだ」心の中でそう思った。

コンクリートに包まれた重厚感と敷き詰められたタイルカーペット。俺が求めていたのはこの唯一無二の空間。

心なしか、彼女の顔も満足そうだ。

ふと見上げると金網の通路が。この部屋はメゾネット、上階にも洋室があると聞く。

ん・・待てよ。彼女がここを歩いた時、下から・・。

もうこの部屋に決定だ。一国の大統領でもこの決定は覆せないほど、俺の意志は固い。明日にでも住みたい。この場所こそ、俺が求めていたユートピア。

いや、待て待て。決断するにはまだ早すぎる。

確かにこの部屋のポテンシャルは凄い。だがまだ上の階を見ていない。俺の中で住むことはほぼ確定だが、一応全て見ないと彼女が納得しないだろう。

それじゃあお手並み拝見といこう。
圧倒された

窓の奥に広がる青く晴れ渡った景色を、パイプが無慈悲に寸断している。無骨で男らしさを感じるカッコよさだ。

ここが上階の洋室、広さは10.5帖だとか。

初めて見たとき、部屋というよりはただの通路だと思った。そしてこの通路の先に洋室があるのだと思っていた。

俺が甘かった。海女さんな俺。貝になりたい気分だ。

だが、そんな使いづらすぎる洋室の一件も、このバルコニーで霞んだ。素晴らしい景色だ

アメリカのラッパーがここでPVを撮影してそうで、かなり気に入った。

何も悩むことはない、俺の気持ちはこの青空のように澄み渡っている。

そう思っていた。

玉泉院パイセンに出会った。

故人を慈しみ、全ての魂を安らかに見送るプロフェッショナル。引き回しバルコニーの素晴らしさを伝えようと思ったが、インパクトが強すぎてもう忘れてしまった。

こんな素晴らしい青空と抜けた景色だが、パイセンが頭にこびりついて離れない。

きらめく星空の下で彼女に愛の言葉を囁いたとしても、ロマンチックな弔辞になりそう。

俺が見てきた天六のデザイナーズは、パイプと故人への愛に溢れた物件だった。

オカルトなんて信じない、目に見えるもの主義の人にとっては、いいのかもしれない。しかもSOHO可、事務所で使用してもこんなにカッコいい空間は他に無いと思う。

ちなみに俺はというと、まだ部屋探し中だ。

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  • 俺もお前も、鉄パイプ。
  • 北区

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